生活

【体験談】受験に落ちてもどうでもいい!その受験が人生の全てじゃないと感じれる話。

試験を控えた中高生に送るメッセージとして聞いてください。

現在僕は、国立大学に通う3年生です。今でこそ、ストレスフリーに楽しく生きていますが、ここまでの道のりは必ずしも平らではありませんでした。

しかし、そんな平らじゃない道を歩んできたとしても、全然後悔していません

僕が歩んできた受験人生のお話をしたいと思います。

そりゃもちろん第一志望がいい

冒頭で受験に落ちても全然いいと言いました。それは全然いいと思います。

ただ、初めに言いたいのは受験を頑張らない人を助長する記事ではないということです。

自分のやりたいことがあって、それを目指すために進みたい道があって、だから今、それを叶えるために頑張っている。

とても素敵なことです。

そりゃ誰だって第一志望がいいんです。けれども、時として叶わないこともあるんです。受験は結果がすべてだと言う人もいますが、そんなのは受かった人が何も考えずに言っている戯言です。

合格した人にだって、合格するまでに何かしらの労力を費やしているはずです。少なくとも願書を提出する作業はやっているはずです。

願書を提出しなかった人が受験に合格することはありますか?いえ、ありません。

結果がすべてと言っていても、受験するまでになにかしらのことはやっていることを忘れないでください

これは逆も然りです。仮に受験を失敗したとします。しかし、受験するまでの過程を考えてみてください。少なからず知識は身に付いているはずです。

そんなの、負け惜しみにしか聞こえない。

いいんですよ、負け惜しみでも。負け惜しみは負けた人しか言えない、負けた人の特権です。

僕は第一志望の高校に行けませんでした

自分の道はこれしかないと感じた

中学生の僕はプログラミングや機械いじりにとても興味を持っていました。暇さえあれば、パソコンをいじってみたり、ゲームを作ってみようと試行錯誤したり。

オンラインゲームの管理人さんと仲良くなって、管理グループに入っていたこともあります。

そんな経緯もあってか、手っ取り早く専門的な工学の知識を身につけようと、高専に進学する道を選択しました。

「高専」とは高等専門学校の略。5年間かけて専門的な知識を学ぶ。

受験を決意

中学生の当時、仲が良かった友人とともに高専受験への道のりを歩み始めました。お互いがお互いを切磋琢磨しあって勉強していた覚えがあります。

某有名塾の夏期講習に参加したりもしました。学力をグンッと上げた僕は、模試でも安全圏。

担任の先生からも「よっぽどのことがない限り大丈夫でしょう。」と言われていたほど。正直、受験していないにも関わらず、受かった気でいました。

夏期講習でかなり学力の上がった僕はその味を占め、夏期講習後も塾に通い続けることを決めました。片道1時間かかる塾までの道をバスに何回も揺らされて通っていました。

そして受験当日、「まぁ余裕でしょ~」と友人と談笑しつつ入室。

試験が終わり、解答が即張り出されるスタイル。すごい人だかりだったのであまり確認はしませんでしたが、どうせ受かってるとしか思っていませんでした。「春からよろしくお願いします」なんて冗談を構内案内の人と交わしたことも忘れません。

 

結果は・・・

合格発表当日です。合格発表は封書が学校に届くシステムでした。なんとなくの雰囲気的に放課後渡される感じだったのでその日一日はソワソワしてたまりませんでした。

そして放課後。担任から呼ばれないのでおかしいなと思い、職員室へ。

先生は「学校には届いていないよ。家に届いているんじゃないかな?」と。

とりあえず、家に電話して届いているかを確認。

ない。届いていない。

「俺は不合格だったんだ」

全く興味のない高校へ

もちろん合格の見込みは十分あるけれど、さすがにその高校一本で行くのはリスクが高すぎる、ともう一校私立の高校を受験していました。

行く気は皆無だったので適当に受験して。もちろん合格。合格どころか奨学生として普通の生徒よりも授業料が安かった気がします。

つまらない学生生活

もちろん、第一希望の高校に入れなかったので気持ち的にもワクワクするはずがありません。

この学校に行くことが決まって、ふと自分を見つめ直した時に、

たかだか三年間なわけだし、ここで人生が終わるわけじゃない」と、ある意味今回のテーマに沿うような、考え方もしていました。落ちたことは事実だし、それを考えていても仕方ないと思っていましたしね。

半分諦めかけで入学、しかし現実が降りかかってきます。

いわゆる自称進学校的なところもあり、入ったときから厳しい校則に縛られて、ほぼ自由な時間はない。就職コースもありましたので、とてつもない温度差を感じながら毎日を過ごしていました。

「やっぱり自分の希望するところはここじゃない。全然違う。」

ということを毎日感じながら、約1時間半の通学路をトボトボと。。

自分がみじめでみじめで仕方ありませんでした。

高校三年生、転機が訪れた

大学受験

いわゆる普通高校に進学したので、大学受験が始まります。

3年間やらされてではありますが、勉強はかなりしていました。特に数学は全国模試でも偏差値74をマークしたことがあります。

正直なところ、第一希望ではなく、言っちゃ悪いが高専よりはレベルが低い。だからこそ、周りのみんなには絶対負けたくないと思っていました。

そんな思いも相まって高校3年間、校内成績はトップでした。生徒数も多い学校でしたので、それなりに自信はありました。

今思うと、校内順位なんていう「ものさし」はとてもしょぼかったです。周りの高校にはもっと賢い人がいることを知っておくべきだったと思います。

さて受験校選びです。僕は地元の国立大学を指定しましたが、「もっと上を目指せ」と先生たちに言われる日々。本当にうんざりしていました。

今ではそう勧めてくれる環境はありがたかったと感じますけどね。到底、当時の自分にはそんな余裕はありませんでした。

断固反対

上のレベルの大学を勧められていたある日、また言われました。

「この大学はどう?学校推薦もするし、合格した後面倒見てくれる(その大学の)教授も紹介する。絶対後悔はさせない。」

勧められた大学は誰でも知っているあの国立大学でした。いわゆる早慶レベルの。

ここまで推されたけれど・・・僕の答えはNOです。地元の国立大学にいくことをやめませんでした。

他にも何校か勧められたけれど、全部断りました。

周りから見ればもったいないと思われるかもしれませんが、一切そんなことは思っていませんでした。

ただ、言えることは、高校受験失敗したヤツがここまで自分の好き勝手に大学選択をしていいのかです。これに気付いた当時の僕はかなり未来が明るく感じました

そして思いました。高校受験失敗してよかったのかもしれない。

自分の理想の進路とは

なぜこんなに断固拒否したのかを少しお話しします。

それは僕自身が、いままで生まれ育った地元、熊本が大好きだからです。歴史情緒あふれる街並みも多くあり、自然は豊かで水もキレイ。ご飯は美味しいし、人も優しい。こんな最高な環境に身を置くことこそが自分が思う最高の進路なんじゃないかと。

そんな自分勝手なつまらない想いのもと、地元に残ることを決意しました。

だから

一時はかなりの絶望を感じていました。もちろん、それなりに苦しい時期も体験してきました。けれど、今となってはいい思い出です。結局、嫌なことだって終わってしまえばなんてことないんです。

不幸なことが起こったその時は先のことも考えられないぐらい失意のどん底に落ちた気分になります。

受験だってそう。人から「お前は不必要だ」と宣言されるようなものです。

ただ考えてください、人生一期一会、いい出会いもあればよくない出会いもあります。そんなことはあとからじゃないと分かりません。

今は逆に、あのとき失敗してよかったなと強く感じています。

楽しい友人にも恵まれ、知識も増え、出来ることの幅も結果として広がります。

そして、あのとき落とした試験官に言ってやりましょう。

「俺を落としたこと、後悔しろ。」

 

受験なんて落ちてもいいんです。過程を大事にしましょう。その過程を大事にするためにも、大事に出来る過程を作っていきましょうね。
今頑張る、受験生のみんなへ。
ABOUT ME
まさを
国公大学に通う学生。工学部。 自分で得た知識を多くの人に発信し、役に立ててもらえればと願い、WagenAigoを開設。 イベント運営を通して情報発信の大切さに気付く。 楽しいことが大好き。 好きなもの:ガジェット、新商品、お酒、旅行、地元、友達。